春合宿後にゲレンデスキーを堪能してから帰郷する部員たちとともに、山小屋での一夜を過ごした。
先日OB会の山小屋スキー祭りの際に、我々2人は一度このコースで三田原山頂まで行動している。その時よりは少々荷が重いのだが、中高年登山者には負けられまいと気合十分でシール歩行。でかい沢の通過時には、一応用心して一人ずつ順に進む。廣光が行くのをまっていたら、一度抜かしたおっさんが追いついてきて、バテバテのくせに“早く行けよ”的なサインを送ってきて非常に不愉快であった。彼はいつか事故るであろう。。。間違いない!!
さて、我々は相変わらず順調なペースでシール歩行を続ける。集団の登山者たちと抜きつ抜かれつつの攻防を繰り返しながら、10時半ころには外輪に到達する。そこでは、春合宿では決して笑顔を見せず、その厳しい表情すらも見せなかった“母なる妙高山”が我々を迎えてくれた。母は美しく輝いていた。赤子に戻った2人は記念撮影を楽しんだ。この姿を合宿で後輩たちに見せてあげられなかったことが悲しい。そんな思いもありつつも、人の多い場所はとっととあとにして、稜線上を進む。妙高側に大きく雪庇が突き出ているので寄らぬよう注意して進む。いくらかアップダウンを繰り返すと、「三田原山頂」というショボめの看板に出会い、とりあえず記念撮影☆下り始めの尾根の頭までは、シールをつけたまま進む。少々高度を下げてからいよいよ本日メインの滑降である。
黒沢池へ伸びる尾根上を行くのだが、滑りやすいのは、その右の沢沿いで気をつけながら滑っていく。普通に滑ったつもりだったが、あっという間に廣光の背中は見えなくなっていく。尾根がはっきりしなくなる辺りに幕営しているテントがあった。我が部と同じダンロップのテントであったが、軽量化の為なのか「外張り」でなく「フライ」を使っているのが非常に気になった。天候に合わせて装備も臨機応変に軽量化できれば確かに賢い山行にもなるのだろうなと感じた。
黒沢池のあるだだっ広いところに出るころには、少々ガスりはじめ太陽がかくれつつあった。天候が良いときは茶臼山と黒沢岳の鞍部にぶつけて行けばよいのだが、我々は微妙な先行トレースを追って少し右により過ぎてしまっていた。そのまま、シールをつけて茶臼山の稜線に取り付き高度を上げて巻きながら12時過ぎには鞍部に達するが、少々時間をロスしてしまったようだ。
シールをはがしてサクッと高谷池ヒュッテを目指す。はずだったが、樹林の形に沿ってボコボコした斜面で滑りづらい。しかも先を行く廣光は、転んだ拍子にラジオのスイッチを入れてしまうという神業を披露し、いつもと違う一面を見せた。そんなこんなだが、12時半には小屋にたどり着き順調に今日の行程を終えることになる。上級生2人だけとあってなかなかのペースである。小屋は、冬季は三階のみ開放されており我々もその一角を借りることに。連休の中日とあってかかなりの混雑も予想していたが、どうやら昨日がピークのようで、今日は団体客も帰ってしまい余裕が非常にあった。飯を食ったり、お茶を飲んだり、お菓子を食べたり・・・。正直ほとんどやることがなく、半分以上はぼんやりと過ごす。ただ、時々交わした会話は今の部に対するお互いの思いであったり、これからの希望であったり、内容はそれなりに濃かったと思われる。やはり後輩を連れてこないと山でのひと時は物足りないもので、次回の山スキーは後輩とともに楽しみたいものである。
小屋に一緒に泊まっていた他パーティーの方々は、それぞれかなりエキスパートのようで話を盗み聞いてるのも面白かった。ただ、何人か黒沢池で我々のトレースを追っていき、茶臼山を無駄に巻いてしまったようだ。「ハッハッハーざまぁ見ろ!他人のトレースを簡単には信用してはいけんのじゃよ」と思っていたが、我々も発端はトレースに引っ張られていたのだった・・・。20時にはシュラフにもぐりこんだが、他パーティーはしばらく飲み食いしているようだった。いろんな所でストーブを使用しているせいか、小屋内は非常に暖かく、快適だった。
俄然やる気の出た我々は、一気に山頂へ駆け上がる。しかし、急な登りも続くので焦りは禁物である。ちょっと転ぶとずるずると滑落するので、ストックを使っての滑落停止は抑えておきたいところである。たどり着いた山頂では、数々の名山が我々を待っていた。記念写真を取り捲り、いよいよ本ワンダリングメインの滑降タイムのはじまりである。まだ、誰も滑っていない昨晩雪が降り積もったパウダー斜面にシュプールを描いていく。至福の時を過ごしたあとは、逃げるように小屋へ帰る。9時過ぎに小屋へたどり着くとさすがにもう誰もいなくなっていた。早々とパッキングを済ませ、昨日の道を引き返す。黒沢池への下りもそれぞれ自由にシュプールを刻むのだが、荷物が増えたため、足への負担はきつく100%楽しめたわけではなかった。
そして、三田原への登りである。少し気を抜くと、廣光の背中がどんどん遠のいていく。決して遅くはないはずだが、苦しい時間が流れる。昨晩小屋で隣にいたパーティーも追いついて抜かしてしまったのだが、そのとき少し会話を交わした。彼らは澄川を非常に薦めていて、確かに一度は滑ってみたいなと思った。そして次にくるときはぜひ軽量化に力を入れたいと感じた。黒沢池から根性で外輪まで歩を進めると、あとは、山小屋まで滑るのみである。一刻も早く帰りたい廣光は勢いよく滑り降りるが、私は重たい湿雪の中でターンを2度3度きるだけで疲れて止まってしまい、なかなか前には進めない。悪戦苦闘の連続の中なんとか山小屋まで戻ることができた。疲労困憊の一言に尽きる。25分後のバスに乗ると勇んでいる男を前に、「もう一歩も動けない」と告げて、とりあえず見送ることに。風呂につかり、缶ビールを2本飲み干すと体力が再びみなぎってくる。最後の力を振り絞り、山小屋を後にした。もちろん片手にゴミ袋を抱えてのゴミスキーである。一人で行うのは非常に恥ずかしかったが、廣光が乗ったバスの次のバスには間に合い、見事この日中に帰郷するのであった。
おそらく、我々二人以外の者が一人でもいたら、このタイムでは終われなかったと思われる。天候の絶妙なタイミングも非常に良く味方してくれた。春合宿で三田原へ登った直後にまた山へ行く、という環境の中で、考えることは山ほどあった。とにかく一番に思うことはもっと山スキーを後輩たちに体験させてあげないといけないということだ。これから始まる残雪のシーズン。充実した山スキーライフを送りたい!!
(haruta)